2026-02-01 (❁´◡`❁) 気が付けば、2月ですね! はや1月が過ぎました! どんなお正月でしたか? 初詣でや、家族で楽しく過ごされた方も、また寝正月だった方も? なんとなく過ぎてしまった方も? それぞれすごし方は様々であったと思います。 なすとなく するともなしに 三ヶ日 井上井月(いのうえ せいげつ)文政5年(1822年明治 ~)「北越漁人」と号した 。信州伊那谷を中心に活動し放浪、と漂泊を主題とした俳句を詠み続けた。その作品は、後世の芥川龍之介や種田山頭火などにも影響を与えた。 クリスマス ローズも咲き出した! 正月は、正しい月と書いてしょうがつと読みますが、なぜ正しい月なのか? 中国の秦の始皇帝の降誕月を意味する「政月」が変化して「正月」となったという説、「正」の字の元々の意味としてある「あらためる」という意味から「あらためる月:正月」となったという説もあります。 日本におけるお正月は、年始にあたり「年神さま」を迎え、歳を重ねられたことを祝い、祖先に感謝し五穀豊穣を祈る行事です。 お正月をお祝いするようになった起源は、仏教が伝来した6世紀半ばよりも前ではないかと伝えられていて、日本に最も古くから存在する行事です。 平安時代後期には「お年賀」の挨拶が始まっていたと言われています。 1/21 「初 夢」見ましたか? 新しい一年に思いを願い見る夢、もし大晦日の夜に素敵な夢を見たら一年の希望が膨らみ素敵でロマンですね ! しかし最近は年末年始にかけて色んな行事が盛んにあり初夢処で無い方も多いかと思いますが、、、 古くは縁起の良い「一富士二鷹三茄子」新しい年の始まりに夢を見ると縁起が良いとされていたようですね! なぜこの三つが選ばれたのかは、その由来は諸説ありますが? 最も有力とされるのが、江戸幕府を開いた徳川家康にゆかりのある駿河国の名物を並べたという説です。 まず「一富士」は、言わずと知れた日本一富士山のことです。また駿河国から見える雄大な姿はまさに天下人の象徴でした。 次に「二鷹」は、家康は頻繁に鷹狩りを楽しんでいたそうです。鷹は力強く空を舞う権威や出世の象徴と考えられていた。 そして「三茄子」は、意外に駿河国の名産品「折戸なす」は当時大変な高級品で、「初物」として珍重されて家康もこの茄子を好んで食べたと言われています。 天下人である家康が愛したものを順番に並べることで、その幸運にあやかる。 ネットより ほかに、昔ながらの縁起の良い言葉を「語呂合わせ」とした説です。 「一富士」は、「無事」や「不死」を連想させ、一年の安全や長寿を願う。また堂々たる姿から大きな目標の達成や社会的な成功を意味する「立身出世」の象徴です。 さらに、富士山の美しい末広がりの形は、子孫や商売が未来に向かって豊かに広がっていく「子孫繁栄」や「商売繁盛」を願う。 古くから神様が宿る山として人々の信仰を集めてきたこともあり、夢に現れること自体が大変縁起が良いから。 「二鷹」は、大空を自由に飛ぶ様子は、運気が上昇する「運気上昇」や、より良い未来へ羽ばたく「飛躍」。また富士山と同じく「高い目標の達成」や「地位が上がること」を連想する。そして、その鋭い爪で獲物をがっちりと「掴む」「幸運を掴む」「チャンスをものにする」という意味に繋がり、夢や目標の実現を掴むから! 成功への希望と勇気を与えてくれるから! 「三茄子」は、物事を「成す(なす)」という言葉に掛けられていること。何かを成し遂げたい、願いを叶えたいという思いが託されています。 また、茄子は花が咲くと、そのほとんどが無駄になることなく実をつけます。これまでの努力が実を結ぶ、子宝に恵まれる「子孫繁栄」の象徴とされた。 さらに、昔は茄子がとても高価な野菜だったため、「財産を成す」という意味合いも持っています。金運アップの願いも込められているなんて、なんだか得した気分になりますね。 たくさんの実をつける茄子のように、豊かな実りのある一年を過ごせますように、という先人たちの優しい願いが感じられます。 「初夢」は、いつ見る夢のことかな?? 「大晦日の夜に見る夢」「元日の夜」 などいくつかの説があるようですが、意外と迷ってしまう方が多いとおもいますが? 室町時代頃には、一年の始まりは「立春」とされていたため、「節分の夜から立春の朝にかけて見る夢」を初夢と呼んでいたそうです。 一般的には、「新しい年の最初の夢」で、もし大晦日の夜に素敵な夢を見たなら、それを初夢として大切に一年の希望にするのも素敵ですね そして、気持ちよく新年を迎え、穏やかな心で眠りについた夜に見た夢こそが、最高の初夢なのかもしれませんね。 富士山は、2013 年、ユネスコは富士山を「信仰の対象と芸術の源泉」として世界遺産に登録される。日本で最も標高が高く、最も崇拝されている山です。 高さ3,776mで、約10万年前に活動を開始し、古代から日本人にとって神聖な山として崇められてきました。 具体的には、縄文時代 (紀元前10,000~300年)に崇拝されていたことが遺跡から確認されております。 7世紀に編纂された日本に現存する最古の和歌集には富士山を詠んだ歌が11首収められています。その中には富士山から火柱や噴煙が上がっている光景を思わせる歌もあります。有名なのは高橋虫麻呂の作とされる長歌 「不尽山:ふじさん」を詠んだ歌です。 「・・不尽の高嶺は 天雲も い行きはばかり飛ぶ鳥も飛びものぼらず もゆる火を 雪もち消ち降る雪を 火もち消ちつつ・・・」 地質学的には富士山はまだ若い活火山です。8世紀以降、富士山の噴火は少なくとも10回記録されています。なかでも平安時代に起きた貞観噴火(864年)と、江戸時代の宝永噴火(1707年)は規模が大きく、富士五湖と青木ヶ原樹海の下に広がる大地の双方を生み出しました。具体的な記録も豊富です。 富士山の信仰は、修験道の修行場としても知られ、江戸時代には浮世絵の題材としても人気がありました。葛飾北斎の「富嶽三十六景」に収録された1枚で、波の中央には遠くに富士山を見ることができます。 ネットより 江戸時代には、富士講と呼ばれる信仰登山が庶民の間に広まり「富士登山」が隆盛を極めます。富士講は人々が登山資金を積み立て、輪番制で富士山に登るというもので、江戸には八百八講と呼ばれるほどたくさんの富士講がありました。当時、江戸から出発する場合は1週間の行程だったそうです。 『田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にそ 不尽(富士)の高嶺に 雪は降りける』 万葉集 山部赤人 この歌は新古今和歌集や小倉百人一首にも収録されています。 2月4日は、立春で暦の上で春が始る日とされています。 実際、まだまだ寒い季節が続く厳しい時期ですが、立春を過ぎると少しずつ暖かくなり、梅の花が咲き始め、春を感じさせてくれるようになります。 『臘梅は ひそやかにこそ 匂ひ立つ』 高木晴子(1915-2000) 毎年咲いてくれる蝋梅 中国原産のロウバイ科に属する落葉低木で、江戸時代初期に日本に渡来。 12月から2月にかけて、強い芳香を放つ黄色い花を咲かせるのが最大の特徴です。 名前に「梅」がありますが梅と同じバラ目バラ科ではなく、クスノキ目ロウバイ科です。艶のある花びらの透明感はなんとなくかぐわしい香りがします。英語で "Winter Sweet" 花言葉は、先見・慈愛・優しい心です。 日本には四季があり立春の他に立夏、立秋、立冬がありますが、 立春は暦の上で春の兆しがはじめて感じられる日のことで、二十四節気で言う年の始まりです。すなわちお正月の元旦です。前日の3日は節分は大晦日となります。 節分には「鬼は外!福は内」と言いながら豆まきをしますね。これはそもそも8世紀のはじめ、文武天皇の頃に伝染病が流行ったため、中国の伝説にある「土牛」という牛の人形を作って病気を払ったのが最初だそうです。「追儺(ついな)」といい、平安時代には宮中で弓や矛を地面に打ちつけながら、鬼を払ったそうです。絵巻物などに、鬼が逃げていく姿を描いたものがありますが、それなども追儺の儀式を描いたものでしょう。京都では伏見稲荷や壬生寺で節分の行事が行われます。こうした行事を見に行くのもまた楽しいものですね。 節分の豆まきは、元々は中国の習俗が伝わった行事であり、疫鬼という疫病をもたらす鬼を魔除けの力がある穀物で、追い払うというものです。 日本では、飛鳥時代からの「追儺:ういな・おにやらい」と呼ばれる宮中行事だと言われております。 鬼を払う役人が矛(ほこ)と盾(たて)を持ち、貴族たちがそれに従い、鬼を追いかけまわす行事です。 奈良時代(文武天皇)に謎の疫病が流行し国内が危険状態が続き、宮中で疫病を払うため「鬼やらい」の儀式が行われました。これが「豆まき」の始まりとされています。 そして、平安時代になり、現在の節分の形である「鬼を豆まきで追い払う」という催しに変化します。仏教では「鬼は煩悩と呼ばれる人の欲望や悪い心に住み、それが災いとなる」と考えられていることから、広く寺院で催事として執り行われるようになります。 江戸時代になると庶民たちの間で仏教が広まり、節分の催しが定着していったとされています。節分の鬼は「災いを防ぐために、鬼が住む煩悩を追い払う」というところから、分かりやすく鬼を追い払い、福を内に入れるという形に変化していったと考えれています。 ネットより 豆は、「魔滅:まめ」に通じ、無病息災を祈る意味があります。昔、京都の鞍馬に鬼が出たとき、毘沙門天のお告げによって大豆を鬼の目に投げつけたところ、鬼を退治できたという話が残っており、「魔の目(魔目=まめ)」に豆を投げつけて「魔を滅する(魔滅=まめ」に通じるからです。 豆まきに使う豆は「福豆」と呼ばれ「力が増す」と言われ、升に入れて神棚に供え、炒った豆を使います。生の豆を使うと拾い忘れた豆から芽が出てしまうと縁起が悪いからです。 「炒る」は「射る」にも通じ、鬼や大豆は陰陽 五行説(「木」「火」「土」「金」「水」)の「金」にあたり、この「金」の作用を滅するといわれる「火」で大豆を炒ることで、鬼を封じ込めるという意味があります。そしてまいた豆を人間が食べることにより、鬼を退治したことになります。 (^^♪ 豆は、新年の厄除けを願って、年齢よりも1つ多く豆を食べます。地方によっては年齢に合わせた数や、2個多く食べたりするところもあります。 恵方巻きとは、「福を巻き込む」を意味する「巻きずし」で縁を切らないよう包丁をいれずに1本のまま食べる。七福神にあやかって7種類の具が入った太巻きが望ましいらしい! 願いごとをしながら黙々と食べること (^O^)/ 今年の恵方の方角、≪尾張観音は、笠寺観音寺です≫ 「南南東」を向いて、ガブリと食べて下さい (^O^)/ きっと福がきますよ! 「尾張四観音」とは、名古屋城を中心に笠寺観音、甚目寺観音、竜泉寺観音、荒子観音、の4つのお寺を言います。徳川家康が名古屋城を築城した時、名古屋城から見て鬼門の方角にある尾張国の代表的な四つの観音寺を鎮護としたものです。 それぞれ恵方の方角にあります。 大須観音は名古屋城が築城された時、美濃国(岐阜県)から現在地に移転された寺であり、尾張四観音ではないです。 恵方とは、陰陽道(おんみょうどう)により、その年の干支によつて定められ、最も良い方向に福をつかそどる「歳徳神:さいとくしん」がいると言われています。 その吉方位を恵方の方角と言われます。 ネットより 鬼のパンツは、しましまパンツ~ ♪ ♪ 小さい頃、こんな歌を歌いませんでしたか? 鬼がトラのパンツをはく訳けは、「鬼門」に由来するそうです。「鬼門」は鬼の出入りする方角で「北東」とされ、この方角は十二支にあてはめると「丑」「寅」の方角(うしとら)にあたります。そのため、古来鬼は「牛(丑)」の角(つの)をもった姿で、「虎(寅)」のパンツを身に付けているそうですよ (^^♪ 節分は1000年以上前から日本人の生活と密着した伝統行事で、1年の健康と無病息災を願う深い歴史の中で受け継がれてきた風習です! 1/21 朝おきたら外は銀世界!雪の間から沈丁花の蕾みが! 昔は「正月三が日」はお休みで、1月4日が「初売り」と日と決まっていたが、近年は、 近くのコンビニもスパーも元旦から営業しているところが多く、お正月の風景が変わってきましたね! 何故か「お年玉」の習慣は変わりませんね? (>_<) 高市政権「就任95日」電撃解散! 衆議院総選挙、前回から約1年3カ月で再び実施されます。 高市首相は「1月23日冒頭解散・27日公示、2月8日投票」が決定! 高市氏は戦後37人目の首相で、在任中の解散は20人目になります。 来年度予算の成立を事実上棚上げし、「高市総理は自民党単独での過半数奪還」と「高市早苗が首相でよいのかどうか」 主権者たる国民の皆さまに決めていただくと!? 政策の詳細は霞み、総理個人の人気に全乗りする戦略とも取れる解散!? 26年間にわたり二人三脚で歩んできた公明党は立憲民主党と合流し「中道改革連合」を結成される。 四半世紀続いた「自公体制」という戦後政治のパッケージが崩壊後の、新しい日本の姿を問う選挙でも有ります。 高市早苗という政治家が手にするのは、「悲願の長期政権」か? それとも半年足らずで終わる「短命政権」か!? 自民党と日本維新の会で過半数を取れなければ、私は内閣総理大臣を辞めると、 総理として進退をかけると発言する。又、北朝鮮の核保有を容認する発言も!? 真冬の日本列島、その答えが出る日は、もうすぐそこに迫っていますね!? このブログを始めたのは2015年5月2日 今年で11年目に突入しました。 毎月の投稿も途切れるかと思いつつ 皆勤賞で続けることができているのは、 誰れかが見てくれるとの期待と、感謝です。 本年も引き続きよろしくお願いいたします。 2/1 UP Marui